不思議と、落ち着いていた。
「赦されたいの?」 そう、彼女は云った。三日月の下で見る夕焼色は、赤みを増して血の色に見えた。 月詩は笑いさえした。 赦されたいと思ったことなどない。自分はいつまでも彼女の名と、罰を背負って生きていくのだから。 嘘だった。 あのときは、確かに生きたいと思った。 でも今は。 いっそ、一緒に逝けたならと。そうしたら、安らげたような気がする。こんな風に苦しむこともなく。 赦されたいのだと、思う。 砂まじりの乾いた風が、互いの髪をなぶる。もう立っていられない月詩の足を、うっすらと砂が埋めてゆく。 涸れかけたオアシスだった。遠くないうちに風が運ぶ砂が水を奪い、ゆるやかに沙漠の一部になってゆくのだろう。 月詩は枯木の根元にもたれ、足を投げ出している。 腹を押さえる手がなまぬるく、じっとりと濡れて、鼓動がやけに大きく感じられた。 傷が開きかけているとぼんやり思う。痛みに慣れすぎてしまった体が、脳内麻薬で痛覚を消してゆく。 もう一度、彼女を見上げた。あのときと同じ、夕焼色の髪、金色の眼。細くしなやかな身体を包む、アサシンの衣装。 彼女は死んだのだ。自分が殺した。 心のどこかで冷静に考える自分が居る。死者は生き返ったりはしないものだ。ならば、やはり自分は死んだのだろうか。沙漠に沈む一粒の塵のように。 何もかも、どうでもよかった。 「どう、して」 逝ってしまったのだという問いかけは、ひどく愚かであるように思えた。アサシンになるために差し出した代償。 尻切れて迷った言葉に、返事があった。 「悔いていたわ。あなたに凡て負わせたことを」 それは、ふわふわと実体を持たず月詩に降り注いだ。 聞き慣れた声が語る過去の話。一言一句が空白だった心に染みを作った。 「あのとき、既に私はアサシンではなかったのかもね」 目をそらさず、どういうことだと問う咽喉からは、掠れた音が洩れただけだった。 彼女は少しためらって、 「月詩」 それは痛みを伴う。彼女がつけた、彼のためだけの証。 ゆっくりと、彼女は背を向ける。沈みかけた三日月。 夕焼色の髪が透けて、暁を思わせた。 「──もう、迷わないで」 肩越しに一度だけ振り返った彼女は、笑っているように見えた。 それが、最後だった。 「もういいの?」 ふいに聞こえた声に、彼女は振り返った。赤毛のアサシンはいつも通り無造作に近寄って、月詩の傍に膝を落とした。 まったく、どこまでも無茶をしてくれる。失血で体温は下がり、顔は死人のように青白い。痛みで意識を刈り取られるまで、何をこんなに堪えたものか。 「ね、花唄」 「噂ほど利口ではないようね」 「まさか」 月詩を担ぎ上げながら、ラジウムは笑った。 「ねえ」 問いかけても、彼女は振り返らなかった。構わなかったから、そのまま訊いた。 「どうして殺さなかったの?」 「アサシン同士の私闘は厳禁と、教わらなかったかしら」 「試験途中に生死は問わないとも、教わったけど」 ようやく、夕焼の髪が揺れた。金色の目に見つめられてラジウムは満足そうになる。 「姉さんが、そう云ったから」 力なくラジウムに背負われた青白い顔を見る。 「殺してもよかったけれど。──姉さんをもう悲しませたくないの」 だから、あれで我慢してあげる。そう云ってアサシンが笑う。あのひとの妹でも、だからこそこんな笑みができるものかと、ラジウムは思った。 「やっぱり、ヒュイは人選ミスしたね」 「そうかしら」 「うん。おれよりずっと、悪趣味だ」 暁が青い沙漠を白く染めてゆく。時が経てば焦がすほどの熱を持つそれに、ラジウムは懐かしい顔を見た。 「これを」 差し出された布包みを月詩を背負いなおしながら片手で受け取る。手に馴染む鉄の重み。 「返していいの? 形見でしょ」 「アサシンは生きた証を遺さないものよ。それに、」 もらったのは、私じゃないもの。 曖昧に笑って彼女は暁に砂色の外套を翻す。砂に咲いた花のような赤が見る間に同化して。 「猫」 布包みを腰帯にはさみながら顔を上げる。彼女は笑っている。 「飼い主を間違えては、居ないわね?」 またその話か。ラジウムは肩をすくめる。体のいい厭がらせ。 「飼い主なんて居ないよ。おれは野良だもの」 「あらそう。近いうち、今度はあの騎士の格好であなたの前に立つのを楽しみにしていたのに」 あは、とラジウムは笑ってみせる。 「大丈夫だよ。目はいいんだ」 「口の減らない猫」 ざ、と砂が舞い上がる。反射的にラジウムは目を閉じて、それを開いたときには、涸れかけたオアシスに二人。 ラジウムは砂を蹴る。前にも似たようなことがあったと、苦笑いがにじむ。今は背中の悪態は聞こえないが、弱々しく、自分とは違うリズムで打つ心臓の鼓動が、ラジウムを少し安心させた。 今日こそヒュイに埋め合わせをしてもらおうと、太陽の向こうの砂嵐を目指す。 【種明かし】05.1102.AM3:46 いい加減放置すぎなので。そして10で終わらなかったアアアアアア。 次で終わりです。次こそ、エピローグ。 月詩をぶっ刺したのは、花唄の妹(名前未定)であり。 定期的に駒の忠誠を確かめる仕事などしているようです。そのへんは大雑把。 しかし書き始めてから既に一年過ぎたな…。長すぎだろ私。 あと一回、お付き合い下さい。
by shelldoney
| 2005-11-02 03:49
| 小説「出会い系」:完結済
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