二秒だと、ラジウムは云った。
今も昔も、アサシンが「仕事」をするのに与えられた時間は二秒のみ。それで仕留められなければ負けだ。特別な注文がなければ、苦しむことなく送ってやるのだと。そう教えられたから。 だが、二秒で決着のつく命なら、無くても同じだとラジウムは思う。 「いっそ二人で逃げるとか」 「ついに沸いたか」 ラジウムが逆手に握ったダガーが、騎士の喉に押し当てられている。 リリィが刺突の形で構えた十字剣が、アサシンの心臓に定められている。 二秒で、否、どんなに時間があったとて、終わらせられるわけがなかった。 ラジウムはリリィを裏切らないし、逆も然りだ。理由は無いし必要無い。 間近で鼻を突き合わせながら、失笑すら漏れた。 「本当、お互いリアルラックまでめり込んでるよね」 どうしようもないよと云って、ラジウムはダガーを引いた。くるりと手の中で一回転させれば、次の瞬間にはダガーは手品のように消え失せ、腰裏の鞘に戻っている。うんざりと溜息混じりにリリィも頷き、剣を鞘に戻した。 ラジウムはさっそく踊り場に座り込み、一人作戦会議を開催している。どちらも合理的に報酬を得る手立てはないものか。つまりは、両方が両方とも仕事を成功させればいいわけだが。 「……あるわけないか、そんな美味しい話」 生来直感で行動するラジウムは、物事を余り深く考えない。ゆえに、考えるのは余り好きではない。ゆえに、考えるのは余り得意ではない。ゴーグルから飛び出た赤毛を指に絡めて、相棒を見上げた。 「雇い主、黒なんでしょ?」 「先立つものにゃあ勝てねえってこった」 白だったらよかったのに。未練がましくラジウムは呟いた。それなら、こちらが撤退する正当な理由になったものだが、生憎この邸の主人は、金に物云わせた正真正銘の腐敗物であるらしかった。こちらが報酬ニ分割なのに対し、きっとリリィは二倍以上の金額をもらうことになる。 仕様が無い。細く落とした溜息が、血のように赤い絨毯を転がった。自分は愛用のカタールの研ぎ代さえ手に入ればいいのだ。元より金に執着は薄い。自主撤退をネタに、リリィにねだって払ってもらえばよい。厄介ごとは避けるに限る。 ただ一つの問題は。 「納得してくれるかなあ……」 ラジウムは跳ねるようにして立ち上がった。一緒に撤退するであろう銀髪のアサシンを思う。一度帰ってリリィの報酬を確認したら、文字通り「一人で充分」な仕事を彼に任せるつもりだ。成功の暁には報酬も全額月詩に渡るはずだが、あの様子ではどうにも金のために仕事をしているようには思えないのだ。 騎士はなろうと思ってなるものだが、アサシンはそうではない。少なくとも憧れるべき職業ではない。使命だとか、忠誠だとか、そういうものを背負っているアサシンは少なくないが、ラジウムに云わせればとんだ勘違い野郎である。 だからこわい。 月詩からは、生きる匂いがしないのだ。最優先事項は任務の遂行。敵に背を向けるのを恐れ、迷わないように自分を戒め、自害用の毒をいつでも持ち歩く。細い糸の上を歩くような、そんな危うさ。 「そっちの相方は、どんな人? いい女?」 ともあれ、そんなことはリリィに話すようなことでもなかった。女が護衛に雇われるとは、さぞ腕の立つことだろうと思い、ラジウムは好奇心半分に訊いた。 唐突な質問にリリィは肩を竦める。ラジウムの話にはいつも脈絡が無い。 「寒気がするほどいい女」 茶化してリリィは答えた。ふうんと途端面白くなさげな顔になったラジウムが、暗い冗談を飛ばす。 「おれの相方も、寒気がするほどいい男」 まったくもって、寒気がするほどに。 寝室の場所を目で問えば、顎をしゃくって応えがくる。ありがとうと鎧に包まれたぶ厚い肩を軽く叩いて脇をすり抜けたラジウムの、 「ね。そのいい女とおれと、どっちかって云われたら、どっちとる?」 「莫迦云うな」 「もしそうなったら、どうする?」 軽い声で、軽い音だった。厭な冗談だとリリィが眉をひそめたときには、猫と呼ばれるアサシンの姿はなかった。 知った気配の残滓が頬を撫でる。視線を向けた先には薄墨を刷いたような闇色。一体全体何なのだと首をひねって、リリィは気付いた。 金属音。 遠くで、誰かが戦っている。 「ラジ?」 短い問いが、血のように赤い絨毯を転がった。 【いいおとこの去り際】04.1002.PM5:47 続きものにすると、自分に甘くなるのがよくないです。 ここは別にカットしてもいいシーンだったのじゃないかと、今更思ってもしょうがない。 キリのいい最初と最後(自分観点)に徹すると、ぶつぶつ切れてしまうのも、アレか。 プロットを立てないのも、アレだなあ。 多分10話じゃ終わらないような気がする。
by shelldoney
| 2004-10-03 02:16
| 小説「出会い系」:完結済
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